200220 利口な子供の見解

 魔法使いは性別さえも自由に変えられる。
 持って生まれた性を生涯大切にする魔法使いもいれば、十年おきに性別を入れ替えたり、また愛する人のために性を変えてしまう魔法使いもいるという。
 実に合理的で、ファンタジックな話である。
 前の賢者にそそのかされて去年、何人かが女装をしてパーティを開いたと言っていたので、見たかったなあと呟けばそこかしこから思い出話が湧いて出た。くじに負けてファウストが一番きわどいドレスを身にまとったらしい。
「わたしも一回で良いから男の人になってみたいな。」
 その一言で、それまで賑わっていた場が一瞬にして静まった。
 皆が楽しそうに花を咲かせる思い出話への相槌のつもりだった。皆がまじまじとこちらを見ている。頭のてっぺんからつま先まで、じろじろ。舐めるように。
「なにかまずいこと言った?」
「いいえ、そうではありませんよ。賢者様はどのような男性になりたいのです?」
「背をぐいーっと伸ばして、からだだをぎゅーっと引っ張って、骨をめきめきって増やしたらできるよ! やってみる?」
 シャイロックとムルがわたしを挟むように、肩に手を乗せる。
 ああしてみたら、こうしてみたら、とわたしには分からない単語をあれこれ話し出す。ふたりの真ん中にはわたしがいるのに、まるでふたりっきりで内緒話でもしているようだ。
 ムルの言い方ではとても痛そうだったけれど、できないことはないのかもしれない。
「できるの?」
「ええ、もちろん。」
「やりたい? じゃあその前に、」
 ムルの人差し指のとがった爪が、わたしの頭のてっぺんから爪先までを、空中でくるくるなぞる。「賢者様のからだを――」
「賢者。」
 ムルの言葉をきちんと聞き取る前に、オズに身体ごと遮られた。
 シャイロックはあっさりとわたしから身を剥がして、ムルも連れて距離を取った。後ろでカインとネロが困った顔をしている。いたずらがバレた猫のようにくすくす笑って、シャイロックはオズへ「そんなに怒らないでください」と声をかけた。
「……賢者をあまりからかうな。」
「からかう? それって本当のことを言わないってこと? それとも本当のことを言うってこと?」
「ムル。失礼しました、賢者様。ほんの冗談です。我々にはあなたの姿を変えて見せることなど、とてもできませんよ。」
 オズには見えないようにウインクをして見せたので、シャイロックのそれは嘘っぽく聞こえた。
 なんだかうやむやにされた感じがしなくもない。釈然としないまま、わたしはオズに連れられてその場をあとにした。
 今日はこのあとアーサーと冬の祭りについて話す予定だったので、呼びに来てくれたのだろうけれど、時間にはまだ少し早いはずだ。
「結局、人の性別を変えることはできないんですか?」
「……。」
 答えにくそうにしているオズの袖をひっぱる。何か裏があるのだろう。
「教えてください。」
 体幹のしっかりした長身はこれっぽっちもブレることはない。袖をがくがくと揺さぶってわざと子どもじみた行動を取ってみる。
 オズは、子どもに、子どもらしく甘えられると弱い。わたしはこういうときだけ、ずるがしこい子どもになってみせるのが得意だ。
「性別を変えることはできる。」
 オズはようやく口を開いた。やっぱり、できるらしい。
「ただし、元に戻すのに苦労する。その身体の……詳細を、より正確に心に思い浮かべる必要があるからな。」
「……それって。」
「おまえは身ぐるみを剥がされるところだった。」
 あのまま服を剥かれていたのかもしれない。
 ぞっとした。ギャーッと悲鳴を上げてオズに抱き着いても、オズは足を止めずにぐいぐい進んでいく。慈悲もない。
 恐るべきは魔法使いたちの飽くなき探求心か、あるいは賢者の無知か。
「賢者は好奇心が旺盛すぎる。もっと用心しろ。」
「だって、ただの世間話だったんですよ。ぽろっと口から出ただけなのに。」
「言葉には気をつけろと言っている。」
 口数の少ないオズにこそ言われると、身に染みた。
 これ以上なにも言えることはない。わたしはただ頷いて、とぼとぼオズに着いて行く。アーサーの待つ会議室の扉を開ける直前で、オズは立ち止まって懐からチョコレートを取り出して、わたしの手にくれた。
 甘い物で気を取り直せということだろうか。
「ありがとうございます、オズ。」
 無口で優しい魔法使いさんはほんのわずかに微笑んだ。

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