200223 傷のように開いたらほんもの

「なにしてるの、賢者様。」
 鳥に掘り返されたらしい花壇の土を埋め直していると、ふと頭上に影ができた。
「フィガロ。花壇の整備ですよ。」
「へえ。殊勝だねえ。」
 心の籠っていない声色でフィガロは呟いて、わたしの隣にしゃがみ込む。
 魔法舎は、わたしと魔法使いと、お手伝いのカナリアさんしかいないので、少し放っておくと花壇や庭は大変なことになる。水やりを積極的にやってくれるのはルチルやミチル、レノックスなどの南の魔法使いだ。
 フィガロはあまり積極的に手伝ってはくれない。けれど、土いじりには向き不向きはあるので、特段文句を言うつもりはない。
 わたしだってここへ来るまでまともに花なんて育てたことはなかった。
「きみがこんなことをしなくても。」
「え?」
 黒くやわらかい土を手で分けたわたしの手を、フィガロがおもむろに取り上げた。
「ほら、手がこんなに汚れてる。賢者様のきれいな手が台無しだよ。」
 魔法で整備すればいいのにと言いたいのだろう。
 フィガロはそういう魔法使いだ。人間が手間暇かけて何かを作ったり、大切にしたりすることに、どこか冷めた目を向ける。本人は気づかれていないと思っているかもしれない。
 南の国の開拓に従事した献身的な魔法使いのくせに。
 そういうところがなんだか少し怖いと思う。
「愛情を籠めているんです。」
 フィガロには分からないだろう。皮肉を込めたつもりだった。
 きょとんと目を丸くしているフィガロから手を取り返してもう一度土に戻す。花の種を軽く押し込んで、さらさら、ほろほろの土をかぶせる。
 わたしの作業をじっと見つめていたフィガロは足元の土くれを指先で掬って、ぱらぱらと擦り落とした。退屈そうに。
「賢者様に手ずから世話された花はきっと美しく咲くだろうね。」
「……本当にそう思ってます?」
「もちろん! ということで、俺も手伝っていい?」
 思ってもみない言葉に驚く。フィガロはわたしと同じように手のひらごと土へ触れた。
 わたしよりも幾分か手慣れた手つきでこなしていく。鼻歌まじりで、無邪気な顔をして笑ってみせる。これがフィガロの本当の顔だろうか。それとも、にせものの顔なのだろうか。
「フィガロ……上手ですね。」
「ありがとう。もっと褒めてよ、賢者様。」
 そばにいると居心地がいいのはフィガロの声が優しいから。
 となりにいるとつい笑ってしまうのはフィガロの笑顔が優しいから。
 ついじっと見つめてしまった。わたしの視線にも、考えていることにも、きっとフィガロは気づいている。
 両手についた土を軽くはたいて落として、フィガロは伏し目がちに笑った。やわらかい先生のような笑みだった。
「愛情籠めて育てた花が咲くのを、待つのもいいものだなって思えるよ。」
 今はね、と語気を強めて付け足す。深く聞いてもいいものか、どうか。悩ましい声色だ。
「俺たちが愛情籠めた花はどんなふうに咲くのかな。」
 骨ばった美しい指先がわたしの顔へ伸びてきて、思わず身構えた。
 その指はわたしの頬にそっと触れて離れていく。土がついていたらしい。フィガロは唇を釣りあげてにっこり笑って、すくっと立ち上がる。
 またわたしの頭上に影ができた。
「その日が待ち遠しいね。」
 花が咲くまでの時間なんて、魔法使いからすれば一瞬にも満たないような時間だろう。
 これがフィガロの本当の顔なのだろうか。
 分からないけれど、見てみたいような気がした。待ち遠しく感じた。
 フィガロが愛を籠めた花はいったい何色に咲いて開くのか、確かめるときとなりにわたしはいるだろうか。

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